「常識」という見えない枠

そもそも「常識」という言葉は、wikiでは、
「社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。」
と書かれています。
これを読むとなんとなくわかる気がしますが、
よくよく考えるとルールなんてものはなく、個々が勝手に考える偏った基準にも思えてきます。笑

例えば、「トマトは赤い」というのは常識と言える気がしますが、
「家族が死んだら悲しい」というのは常識と言いますか?
どちらも当たり前のことですが、後者は常識かどうかという以前の話で、
頭で考える前に心が感じるいわば本能のようなものだと思います。
その場合、常識という言葉は適しているのでしょうか?

常識とはあくまで「共通の認識」であって、
そのベースは他人から教わる「知識」でしかありません。

つまり、それは生まれも持ったものではなく、
育っていく過程の中で、外部から与えられた情報でしかない気がします。

もちろん、共同で生活する「社会」の中ではそれは重要な感覚であり、
意思疎通やコミュニケーションをとる上で大切な前提条件になりえます。

しかし、一方でそれは人間が後から作ったものであり、
その中には誤りがあったり、他にもっといい選択があったりするのではないでしょうか。

また、場合によっては、自分で常識と思っていたことでも、
他人にとっては斬新なことであったり、奇抜なことに感じたりすることもよくあります。

つまり、基本的な考えとして常識があることは大切ですが、
その一方で、人間が作り出したものなので、絶対的ではなく、
明確ではない部分もあるので、個々の間では曖昧なこともあるのです。

それならばいっそ、そんな常識にとらわれず、
自分の感じたこと、信じたものを貫き通して、
たとえ、人から「非常識」と言われたとしても、
胸を張って自分の意見を主張してみるのはどうでしょう!

先日、そう考えたら、いきなりすっと肩の力が抜けて、
これから進む道に楽しみが増えた気がしました。笑

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